2011年03月22日

東北地方太平洋沖地震

このたびの震災で亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げます。
また被災地域の皆様には、心よりお見舞いを申し上げます。

現在、被災地で救助作業や給水・食料支援を続けておられる方々…。
自衛隊、警察、消防その他多くの皆様方の行動には、本当に頭が下がります。




さて、JRAは3月27日(日)までの中山競馬開催については中止。

さらに4月2日(土)以降の第3回中山競馬(4月2日(土)〜17日(日))についても開催を中止することを決定しました。
また第1回福島競馬についても、福島競馬場の被害状況から開催を中止することになりました。
競馬中止を当然と受け止め納得し、関係者たちは日々頑張っています。





今回開催が中止された福島競馬。

福島競馬場は現役時代、騎乗する機会が非常に多く、僕自身、最も好きな競馬場です。
今もファンの方からお手紙やプレゼントを頂きますが、その多くが福島や宮城など東北にお住まいの方です。
伊達市Sさん、大丈夫ですか。
仙台にお住まいのTさん、どうぞお気をつけて。
競馬場で騎手たちの世話をする地元のおばちゃんたちも。
皆さんがご無事であることを心より願っています。



コメントを寄せてくださった皆様にも感謝いたします。
本当にありがとうございました。


大西 直宏


posted by ニッシー at 14:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月06日

ありがとう、サニーブライアン。

2011年3月3日午後10時。
1997年ダービー、皐月賞を制したサニーブライアンが疝痛のため死亡しました。
17歳でした。


昨年1月に、師匠である中尾銑治元調教師が亡くなりました。
そして今またサニーブライアンが逝き、何ともいえない喪失感があります。

でも、正直、実感はあまり無いんですよね。
僕の心の中には今でも、いつでも、鮮やかにその姿が在る。
中尾先生の厳しく、そして誰よりも優しい眼差し。
サニーブライアンのぴかぴかと輝く馬体・・・。

思い出すと胸が温かくなる大切な人たちは、常にそばにいます。


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僕が最後にサニーブライアンに会ったのは、2007年7月1日。

関西の競馬番組の特集で北海道に行き、当時アロースタッドで種牡馬だったサニーブライアンとともに収録。
とてもやんちゃで、イタズラ好きなのは変わらなかった。
仕草や表情から、僕のことを覚えてくれていることが伝わってきました。

その年に種牡馬を引退、アエルさんで余生を過ごすことになり、それからは会っていません。
それでもファンの方が会いに行ってくださり、元気でいると聞いていたので安心していました。
とても大切にされていたようですね。


2007.1 047.jpg

いつの日か、サニーブライアンとともに暮らすのを夢見ていました。

それが可能かはわからないけれど。
迎える環境が整ったら、所有する方にお願いして譲っていただこうと考えていた。
誰にも話していない、僕だけの夢。
いつか叶うと信じていましたが、幻となってしまいました。



サニーブライアンにかける言葉はひとつしかありません。



ありがとう。



本当に、ありがとう。






騎手として生涯に一度、到達できるかどうかの「頂(いただき)」まで導いてくれた。
馬主の宮崎氏のご理解や厩舎スタッフの努力もあり、一世一代の大勝負に勝つことができた。
生まれてきて良かった。
騎手になって本当に良かった。
いつか僕がこの世を去るときが来ても、思い残すことのない人生だったと心から言える。

それほどの想いを与えてくれたのは、サニーブライアンです。







僕はあまり非現実的なことを信じない性格です。
けれどもしも。
もしも天国というものがあるのなら。

思い切り駈けまわって、楽しく過ごしていてほしいと願う。










最後に。

アエルの皆様、今までありがとうございました。
主戦騎手というだけで、僕はサニーブライアンに何もしてあげられませんでした。
皆様をはじめ訪れるファンの方にも愛されていたこと、心よりお礼申し上げます。


大西直宏





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サニーブライアン 1994年4月23日生


サニーブライアンは96年に中尾銑治厩舎(美浦)からデビュー。
その競走馬の背には、大西直宏元騎手しか乗っていません。

皐月賞は11番人気と低評価、勝って臨んだダービーでも6番人気でした。
しかし戦前の大西騎手の強気な逃げ宣言どおり、ダービーでも逃げて2冠を達成。
09年のロジユニヴァースが勝つまでは関東勢としては最後のダービー馬でした。
ダービー後に骨折が判明し、その後に屈腱炎が判明し、引退。


JRA通算10戦4勝

種牡馬成績:03年愛知杯(GV)カゼニフカレテ、05年中日新聞杯(GV)グランリーオ







07年には種牡馬を引退。
北海道浦河町の乗馬体験型宿泊施設・うらかわ優駿ビレッジ「アエル」にて、引退功労馬としてけい養され、多くのファンが訪れていたようです。

「100,000人の歓声をどよめきに変えた馬」

そんな紹介ページを目にしたことがあり、思わず笑みがこぼれました。
馬の中でも一番若く元気で、やんちゃな性格だったとのこと。







三宅アナウンサーの声がこだまします。



これは、もう、フロックでも、なんでもない!

二冠達成!!!サニーブライアン!!!!!!!!




あの逃げは、忘れない。














posted by ニッシー at 09:41| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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