2009年11月23日

思い出の血統、思い出のレース。

大西先生は引退した今でも、もちろん競馬は見ています。
なかなか競馬場へは行けませんが、TVや新聞を見て、予想や結果チェックを欠かすことはありません。

週明け、何となく機嫌が良さそうな先生。
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「サニーサンデーがね、土曜日(21日)の重賞、福島記念を勝ったよ。」

サニーサンデーは、大西先生が騎乗し2冠馬となったサニーブライアンの甥にあたります。
サニーブライアンと母(サニースイフト)を同じくする半妹サニークラッシックがサニーサンデーの母。

「サニーの勝負服が重賞を勝つのは久しぶり。すごく嬉しいね。」

大西先生にとっては思い出深いどころか、騎手人生を輝かしいものにしてくれた運命の勝負服です。
その同じ馬主さんがその血統で、今でも競馬場で活躍しておられるのをとても喜んでいる様子。
何年経とうが色褪せない思い出、何があっても揺るがない絆。そういうものを感じました。

またその血統に加え、福島記念も、大西先生にとっては思い入れのあるレースなのです。
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2001年 第37回福島記念 ミヤギロドリゴ 大西直宏騎手

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2003年 第39回福島記念 メイショウドメニカ 大西直宏騎手


「ミヤギロドリゴはクセが強くてね。でも苦労して抑えて追い込みが決まると凄い脚を使ってくれた。」
「メイショウドメニカはこの時1番人気で…。」

そのときの様子を、まるで昨日のことのように細かく丁寧に説明してくれます。
「大西ポイント」と呼ばれた福島競馬場の大西騎手ならではの仕掛けどころの話も。
サニーブライアンやカルストンライトオのおかげで逃げが得意と思われるけど、本当は追い込みが好きとか。
福島競馬場の小回り、新潟競馬場の直線レース。それぞれのコースの違いによる面白さなど…。

大西先生は競馬の話になると、時間がいくらあっても足りないほど熱く語ります。
普段の会話が1とすると、競馬のことを話すと100…いえ、1000くらいかもしれません。


記憶が鮮やかに残るのは、それだけレースに真剣に臨んできたから。

競馬一つ一つに賭けてきた大西先生の人生・想いが、強烈な記憶として刻まれているのでしょうね。






posted by ニッシー at 15:18| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月21日

ボウリング!

11月20日(金曜日)ボウリング大会。
企画した大西先生もボウリングは久しぶり。

生徒からは優勝候補と噂されるほどですが、そんなに上手いのでしょうか?
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「全然。もう何年もやってないしね。マイボールやマイシューズもあるけど使ってない。」

でも生徒に聞くと「上手いはず」とのこと。
見たことが無いのに何故だろう…と思ったらさすがインターネット社会。
実は大西先生、8,9年前に競馬番組の「騎手対抗ボウリング大会」に出場したことがあります。
動画サイトでは過去のTV番組などが見られますから、生徒はそれを見て言っていたのですね〜♪
確かその番組では、あまり見どころが無いまま敗退していたのですが…。

「あの時はすごく勝負強い若手がいたからね。」と笑う先生。

「勝負強いってのは本番に強いということ。一発勝負に勝てるヤツはやっぱり運も力もあるよね。」

いえいえ、大西先生だって運も力もある人。ぜひ勝負強さを見せていただきましょう!
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「Y!どいて!」Yくん、先生のレーンに立っていちゃダメですよ。

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気を取り直して。

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これはどうでしょう。

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コロコロコロ〜〜〜…ッと。

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ストライク!Hくんに拍手を貰って満更でもない表情ですね。

1人2ゲームでの総合得点で結果が決まり、優勝はHくん。
でも1ゲームに限っては、最高得点は大西先生の168でした♪
2ゲーム目がいまいち良くなくて総合では3位ですが、久しぶりにしては良かったようです。

それにしてもドッヂボールや運動会にボウリングと、見ていると大西先生が1番張り切っているよう。

「だって率先して動かなきゃ誰もついてきてくれないよ?」

思い立ったら即行動!が信条。
何か思いつくとすぐに業者などに連絡を取ったり、実際に足を運んでみたり、とにかく行動が早い。
一見せっかちにも感じるほどですが、白か黒かハッキリさせたがる性格は大西先生らしいですよね。

「今回のスコアをもとにしてハンデもつけたから次回は皆が優勝を狙えるよ♪」

次回はいつ開催されるのでしょうね。
楽しみに待っています!
posted by ニッシー at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

騎手になるという夢 騎手になってからの夢

学校ブログの方にある、「菊の季節にサクラが満開。」の菊花賞。
実はこのとき、大西先生も騎乗していたのです!

第48回菊花賞(GI) 
(1987年11月8日(日) 5回京都2日 15:35発走)
1 サクラスターオー  牡4 東 信二
2 ゴールドシチー   牡4 河内 洋
3 ユーワジェームス  牡4 安田 富男
4 メグロアサヒ     牡4 飯田 明弘
5 サニースワロー   牡4 大西 直宏

「僕が生涯で唯一騎乗した菊花賞だよ。」

10年後の1997年にサニーブライアンで皐月賞・ダービーの2冠を手にした大西先生。
残念ながら骨折で三冠が懸かった菊花賞には出走できませんでした。そして屈腱炎のためそのまま引退。
競馬に「たられば」は禁句ですが、もしかして…と思わずにはいられません。

そういえば、このときの騎乗馬サニースワロー。
サニーブライアンの母サニースイフトの全兄(父と母が同じ兄妹)です。
つまりサニースワローの甥であるサニーブライアンで、10年後に2冠を達成したわけですね。
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これしか残ってないとのことで見せてくれたのが、1987年新緑賞のときの写真です。

このレースのしばらく後、サニースワローは日本ダービーに出走しメリーナイスの2着。
大西先生は25歳でした。
初めてのダービーでしたが、人気が全然無かったせいか、とても気楽に乗れたとのこと。
「勝てるかも?」と夢を見る間もなく抜き去られ大差の2着で、あまり悔しさは感じなかったそうです。
その頃はまだ「ダービーで騎乗できるだけで満足」という気持ちだったのかもしれませんね。

全ての騎手の憧れの舞台、日本ダービー。
いつか「ダービージョッキー」の名を得ることが、騎手にとっての永遠の夢なのです。


そんな夢の、ずっと手前の一歩。

騎手になるための競馬学校入学を目標とする我が校の生徒たち。
その中の一人が、平成22年度 競馬学校騎手課程の合格内定通知を頂きました。
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大切そうに通知書を手にする 伴 啓太 (ばん けいた)くん
その瞳は潤んでいました。

滅多に感情を出さない大西先生も「さすがにウルッときたよ。」と照れくさそうに。
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さっそく日刊スポーツさんの取材を受ける大西先生と、緊張しながら答える伴くんです。

その後も2人でいろいろな話をしていました。
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「競馬学校に入って、馬に乗るときに一番筋肉がつくのがココだから…。」
さっそく、競馬学校に入ってからの注意点やアドバイスなど。
騎手として自分が学んだこと全てを伝え、それを活かしてもらいたいという親心でしょう。


全国から軽く100人を超す応募があり、その中で10人前後しか入学できない競馬学校。
騎手向きの恵まれた体型・体質や乗馬技術、精神的な強さがあっても合格するとは限りません。
それをクリアする子だけでも、募集人数を大幅に超えてしまうはずですから…。
受験資格を満たし、さらに光る「何か」を持つ子が選ばれるのだと思います。

騎手にとって必要な、目に見えない「何か」。
その「何か」を探すため、また磨くために、大西先生がいます。





posted by ニッシー at 19:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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